この世界では、よくある出来事のひとつ

 

 

 

  此処は大広間のようになった、真っ暗闇の空洞。

とある洞窟の最深部にあたる場所だけに、陽の光などとは一切が無縁だった。

纏わり付く生温い湿気と、何とも言えぬ悪臭の立ち込める闇間には、僅かばかりの灯火が。

その橙黄色の明りに浮かび上がる、緑色の不気味に蠢く無数の存在。

祈らぬ者たちの中でも、最弱な魔物として蔑まれていた ” 小鬼 ( ゴブリン )” どもだ。

 

 固い岩肌の壁面へと反響する、物々しい騒めき。

殆どが、雄の個体しか存在しない小鬼どもの耳障りな喚声なのだが。

これらに混ざって、女性だと思わしき泣き叫ぶ声や啜り泣く声、淫らに喘ぐような声まで。

小鬼どもに攫われて来た、か弱い人間やエルフの娘たちだ。

身包みの全てを剥ぎ取られてしまい、一糸も纏わぬ姿のままな彼女たち。

無慈悲な小鬼たちから、執拗に嬲られ続けていた。

今もまた囚われて来たばかりの若い娘が、無数の小鬼どもの犠牲となっている。

そんな彼女たちの側に一際、哀れな醜態を晒していた ――― ひとりの娘の姿が。

彼女もまた小鬼たちの慰み者として、此処へと連れて来られたのだが。 

 

 

 元々は、此処に巣くう小鬼を退治する筈の ” 冒険者 ” だった。

ギルドからの依頼を受けて、新人ばかりで構成された一党 ( パーティー ) のひとり。

武道家であった彼女と共に、一党の首領を務めていた、幼馴染の剣士。

ギルド内にて出会い、優秀な成績で魔法学院を卒業したという、一党期待の女術師。

戦力としてはあまり心許ないが、同じくギルドにて誘った、回復役としての女神官。

この四人で、依頼である 『 ゴブリン退治と村娘たちの救出 』 を果たすため、小鬼の巣窟である此処へと這入ったのだ。

皆が余裕で片付くだろうと思っていた。 小鬼なんて、最弱の魔物なのだからと。

 

 ――― だがしかし。 

武道家の彼女たち一党を待ち受けていたのは、意想外もすぎる災難の連続だった。

如何やら巧妙な罠に嵌ってしまったらしく、なおかつ小鬼どもが想定した数より倍以上もいるではないか。

真っ先に首領であった幼馴染の剣士が、斬撃を誤った隙を突かれてしまう。

そんな彼に、すかさず寄って集って群がる小鬼ども。

一方で、最も頼りとしていた後詰である、女術師はといえば。

背後から不意打ちを受けてしまったようで、杖を失った状態で腹部には深傷まで。 

唯一無傷だった女神官に、傷痍の女術師を回復させつつ後退するよう促す、武道家の彼女。

自身ひとりで、反撃に打って出ようと試みたのだ。

窮地とも言える此処から、仲間である女術師と女神官を逃すため。

瀕死な状態となった幼馴染を、如何にか救わんがため。

武道家の彼女は孤軍奮闘しながら、小鬼どもの群へと果敢に挑み続けた。 

ところが、矮躯ばかりだと思っていた小鬼ども。

そんな奴等の中に、まさか大男のような巨躯の個体までもが居ようとは・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから ――― 如何ほどの時間が・・・

否、どれだけの日々が過ぎ去ってしまったのだろうか。

此処は陽の光など、まったく届くことはない永遠に暗闇の閉ざされた、洞窟の奥底。 

時間を推し量る術なんてものは、ある筈がない。

けれども冒険者だった彼女にとっては、如何でもいい問題だった。

 

 身包み全てを剥ぎ取られてしまった挙句、純潔までをも奪われてしまった。

大事な仲間まで見失い、僅かな希望すらも砕け散って微塵もない。

何よりも物心が付いた頃より、ずっと一緒に故郷の村で育った幼馴染の存在さえも。

後を追って自決しようとする思考どころか、すべての感情すらも皆無だ。

ありとあらゆる何もかもが、彼女から消え去っていた。

ただ、残っているものといえば・・・

満身創痍に汚物と小鬼たちの体液で塗れきった、無残な姿の自身。

そして密かに想い続けていた幼馴染、変わり果てた彼だと思わしき残骸の一部だけ。

 

 今の彼女は、もはや武道家の冒険者ではない。

他の攫われた娘たちのように小鬼どもを楽しませる、生きた玩具に過ぎない。

ゆくゆくは飽きられてしまい、喰われるなどして命を絶たれるまで。

産み増やすための道具としても、大いに利用されるだろう。

無論、慕っていた幼馴染ではなく、みにくい仇である小鬼の仔だ。

 

 ちなみに、” 本来 ” の道筋からは、かなり外れてしまったが。

この洞窟に現れる筈だった ――― 『 小鬼を殺す者 』 といえば。

居候先である牧場の依頼を受けて、遠くの街へと配達の最中だった。

牧場主が、姪子ひとりで遠方へと配達させるのは忍びないと。

代りに、彼女の幼馴染でもあった彼へと配達を任せたのだ。

この先いずれは彼が、此処の小鬼どもも一匹残さず皆殺しに訪れるだろうけども。 

何時のことになるのかなんて、まったくもって判らない。

 

 

 まあ、この世界では、こんな惨劇など些細な話に過ぎない。

天に輝く星、心躍らす冒険者たち、醜悪で狡猾な小鬼ども、それらの数などよりも。

本当に 「 よくある出来事 」の一つに過ぎない。

 

 

 
 「ゴフ”リンスレイヤー」の1巻・一話に登場する 女武道家 孕み袋   UpDated : 2019 / 1 / 17
 
 
 

 

イラスト、CG等々、無断転載・複製を禁止していますっぽい。  Copyright (c)2008 MOMO'S WORKS  All Rights Reserved.